国際規範やルールを守らない国の出身者がルール作りを担う組織のトップに就く―。危惧された事態は避けられた。国際社会の良識が示されたといっていい。
特許や商標など知的財産の保護と利用促進をはかる国連の専門機関、世界知的所有権機関(WIPO、本部ジュネーブ)の次期事務局長選挙が行われ、米国などが推すシンガポール特許庁長官のダレン・タン氏が、中国出身の王彬穎WIPO事務次長を決選投票で破った。
選挙前は、途上国に経済支援や債務減免を持ち掛けて支持を働きかけた中国側の大幅リードが伝えられていた。
これを巻き返したのが米国だ。サイバー攻撃による米企業の秘密情報窃取など、中国による知財侵害で米国は年間2250億ドル(約24兆円)から6千億ドルの損失を強いられており、知財をめぐる問題は米中摩擦の最大の課題だ。
王氏が事務局長に就任すれば知財に関わる情報が中国政府に流れる恐れがあり、米紙は「銀行頭取に強盗を選ぶようなもの」と報じていた。日本も特許庁出身の候補者を2月に取り下げ、米国とともにタン氏を応援した。
国際機関の役割はルールに基づいて各国の利害を調整し、国際社会の利益をはかることだ。トップには高い中立性が求められるが、中国出身者がトップを務める国際機関では自国の利益をむき出しにした言動が目立つ。
15ある国連の専門機関のうち、現在4つで中国出身者がトップを務めている。出身者以外でも、世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は中国から多額の資金を受けるエチオピアの出身で、就任以降、台湾を締め出し、新型コロナウイルスとの戦いでは、中国寄りの発言を続けている。
一昨年には、国際刑事警察機構(ICPO)の中国出身の総裁が帰国中に失踪した。中国政府はICPOの求める照会の要請に応えず、後に身柄の拘束が明らかになり今年1月、収賄罪で有罪判決を受けた。国内事情が優先され、国際社会の常識は通用しない。
トップ人事を牛耳り、自国の有利を図る一方で、南シナ海の中国の領有権を否定したハーグの仲裁裁判所の判決は無視する。こうした専横を許してはならない。WIPO事務局長選は、今後の格好の先例となるはずだ。
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2020年3月12日付産経新聞【主張】を転載しています